【インプラントの歴史】の記事一覧


インプラントの歴史(2)

インプラントの歴史(2)

大きなターニングポイントとなったのは1982年のトロント会議。
そこで予後15年の症例が報告され、一大センセーショナルを巻き起こし、
北米を中心に普及が始まった。

インプラントの形態は大きく分けてブレードタイプと呼ばれる板状のものと
ルートフォームと呼ばれる歯根様のタイプがあるが
ルートフォームが主流になり現在に至る。

ルートフォームは当初はシリンダータイプと呼ばれる滑らかな表面だったが、
ネジ状の形態の方が初期固定に有利とわかり、
現在のインプラントにはネジ山(スレッド)がつくタイプになっている。

また1991年に表面が機械研磨(いわゆる削りだしの状態)より
強酸で表面処理をした方が骨との結合がより強くなるという論文が発表され、
それ以降各社表面をブラストや強酸により処理しラフサーフェス(微小粗雑構造)を作るようになり
表面性状の良さを競っている。

現在さらに表面をフッ素コーティングをする事により骨伝導と石灰化が惹起され、
治癒が早まると注目されている。

日本ではまだ認可されていないが数年のうちに日本でも
フッ素コーディングタイプのインプラントが登場する事が予想される。

このようなインプラントの改良により予後は日々向上している。

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インプラントの歴史(1)

インプラントの歴史(1)

失った歯を人工材料で補う試みは古くから行われてきた。

上顎骨に鉄製のインプラントが埋まった
紀元2世紀から3世紀の古代ローマ時代の人骨が発見されており、
このことはすでにインプラント治療が試みられていたことを示している。

5世紀のマヤ文明の遺跡で発掘された下顎骨には、
天然の抜去歯2本と貝でできたインプラントが埋まっており、
歯石がついている事からかなり長期に機能したと考えられる。
これは、世界で最初の実用に耐えたインプラントだと考えられている。

日本においても16世紀の木製の総義歯が残っており、
すり減り具合からこの義歯が長年使用したことが推測されている。

インプラントが臨床に登場したのは1910年代。

1910年代にはバスケット型、1930年代にはスクリュー型、
1940年代にはらせん型のインプラントが考案された。

しかし予後は著しく悪かった。

インプラント治療最大のブレークスルーと言われるのが
1952年スウェーデンのプローネマルク教授によって、
チタンが骨と結合することが発見され、
チタンがインプラントに応用されるようになった事。

これによりしっかりと骨に結合するインプラント治療が可能になった。
動物実験を経て、1962年から人間に本格的にインプラント治療が行われるようになった。

ただ、ブローネマルク教授が歯科医師ではなかった事などがあり、
批判的な立場の歯科医師も多く普及には至らなかった。

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